ひとかけらも華やかさがなくても。
有休を取った木曜日。
東京駅からすぐ
洗練された丸の内の街並みに馴染む
三菱一号館美術館へ

セザンヌとルノアール展を
観に行ってきました
二人は親交が深く、
互いに影響を受けつつも
画風は対照的。
ルノアールの細やかな
美しい描き方も素敵だけど
セザンヌの計算しつくされただろう
シンプルな平面的な描き方のほうが
私の心には刺さる
静物画の展示が続いたあと
人物を描いた作品を集めた部屋に
入りました
入った途端、ゾクッとしました
絵とはいえ、人の存在感は大きい
あ、絵だからこそ、なのか。
1枚のキャンバスの中に
画家が魂を込めて
描かれる人の心持ち、生き様を
閉じ込めているのですものね。
アート小説で有名な
原田マハさんが心を寄せる作品、
「セザンヌ夫人の肖像」も
大切に飾られていました
なぜ、この作品がそんなにいいのかな?
本に印刷されている
全体が青味がかった
地味な絵を見て思ったものでした
それなのに
セザンヌ夫人の肖像の前で
私は動けなくなりました
椅子に座り、
真正面を見つめる夫人は
圧倒的な存在感です
華やかさをひとかけらも
盛ってもらえてないのに。
身分の違いから
長いこと結婚を認められず
内縁の妻としてセザンヌを
支えてきたと聞きます
その苦悩と、
自分を描いてもらえる幸せと
色々な思いがないまぜになっているのかな…
地味すぎるくらい地味な肖像画なのに
真っ直ぐにこちらを見る彼女から
目が離せない

不思議な絵です
そして想像していたよりも大きな絵でした
そうだ、
原田マハさんの本を読み返してみよう
何しろホンモノの“セザンヌ夫人”を
観ることができたのだから。
マハさんの言葉がもっとずっと
響いてくるにちがいない